毛利俊夫の観光夜話 >> No.5 伝統とイノベーション (2010年3月1日)

変化に対する反対意見の理由として、我が国では「伝統」という言葉をよく使うようであるが、伝統とは変化を排除するのだろうか。少なくとも企業の世界では百年以上の歴史を持つ企業をみると変化・変貌の歴史であることが判る。またお茶・お花の世界や歌舞伎の世界でも変化の速度はゆっくりでも一つの場所に留まっているわけではない。千利休が確立したお茶の世界では、織部のように表現方法は全く異なった流派が出ていることからもわかる。
言い換えれば、伝統とは長い年月の間に数多くのイノベーションを内包した一つの精神的枠組みとでもいい表わすことが出来るのではないだろうか。
このような視点で温泉旅館をみると、今日まで成熟を遂げてきたビジネス形態が新たなイノベーションを求めているものと判断することができる。旅行形態のみならず、温泉旅館の提供するホスピタリティに求める内容が大きく変わってしまったのである。
温泉旅館におけるホスピタリティ・イノベーションの特徴は機能特化であり、それが可能になるような地域戦略であろう。今までの温泉旅館は自ら多くの機能を持ち、顧客の欲望を可能な限り満たそうと努力してきた。その結果、多くの温泉地は都市としての成熟・発展は遅れ、都市としての魅力は全くなくなってしまった。また、温泉旅館の諸機能も陳腐化した結果、旅館も地域も衰退しつつあるのが多くの観光地の現状である。 今後の温泉旅館は自ら提供すべきサービスと地域にゆだねるものを峻別し、各旅館はどのような特徴をもった機能特化をすべきかを考慮すべきであろう。それが、総合化を争ってきた旅館の機能特化におけるイノベーションである。温泉旅館のホスピタリティは変わらぬ精神的枠組みであるが、その実現方法は旅館単独でなく地域ぐるみで考える時期に来ているのである。
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